一人の教師が多数の生徒に同じ内容を語る一斉授業。人の話を一方的に聞いていると、ほんと眠くなるよね。(特に私の授業は・・・。改善中)

また、授業で使われる教科書は国が認定した教科書でなければいけない。日本全体で画一された個性のない人間が育つ環境にあるのが近代以降の教育ではないのかと思う。もちろん、国民全体がある一定の教育水準に達することによるメリットも多々あるとは感じている。


 日本は明治時代に入り、近代国家としての国家改革の
1つとして国民の教育の大改革を行った。


 以前の江戸時代なら身分制国家なので、武士に対する教育は幕府直轄の学問所や各藩の藩校、農民は寺小屋などであった。有名な所では、長州藩の明倫館や会津藩の日新館などがある。例えば、会津藩の日新館では武術や学問だけでなく、「日新館童子君」と呼ばれる教科書を使って、会津武士道が教えられ、藩独自の道徳教育が行われた。各藩では各藩独自の教育が行われていた。このように、国民全体を対象にした統一的な教育機関ではなかった。



(明倫館)






(松下村塾)


 近代の教育に対する考え方の
1つとして、国民全員に教育を行い、ある程度画一化された日本人を作ることにあった。それが近代国家日本としての出発点に立つことを意味していた。



現在でも続く講義形式の画一化された授業形式に疑問を抱きつつも、日本人にはこれが合っているようにも思えてならない。また、意見を聞かせてください。