(平等院鳳凰堂 国内外を問わずに、生きた教材を集める。)


 調理師と高校教師まったく接点がない転職、今考えてもむちゃくちゃだ。今思えば、年取ってからの大学生活もまんざらでもなかったかも。

 なぜ調理師から高校教師の道を選んだのか、そこに私自身の原点が隠されている。やりたい事は積極的に挑戦して行く。これは私の人生のモットーである。

高校卒業後、調理師を目指して、調理専門学校へ1年通った。その後、滋賀の旅館、香川のイタリア料理屋、居酒屋、大阪の創作料理の店などで働き料理の修業に励んだ。分野にはこだわらずに様々な分野の料理を勉強した。お金を貯めて24歳のときに飲食店を立ち上げた。



しかし、3年目を迎えようとしている時期、体を壊して入院、ベッドの上で今後の人生を悩む、回復後飲食店を続けるのか、店をやめて働きに出るのか、まったく違った事をするのかなどを考えた。



決定的だったのは病院のベッドの上で見た、体の不自由な人をテーマにしたドキュメンタリー番組の中で、ある青年が大学に通っている話を見た。



このテレビを見た時これだと思い、退院後すぐに大学進学へと心を動かした。法政大学文学部史学科に入学して、社会科の教員を目指した。



どうしても教師になりたかった。私にとって一番の憧れの職業は学校の先生であった。

学校の先生が主人公のテレビドラマが非常に好きで特に(金八先生)や(教師びんびん物語)に深い感銘を受けた。



そして、現在は地歴公民の教員として憧れの学校の先生として働いている